わたしのヒステリー。原因は母との関係




働き方

わたしの悩みの一つにヒステリーがありました。

自分自身ではどうにも抑えられない、コントロール出来ない怒りの感情です。

今はだいぶマシになっているのですが、以前はほぼ毎日のように怒り狂って興奮し、ヒステリー状態に陥っていました。

怒り狂いながら「あ、これはヤバイ」って自分ではわかってるんですけどね。
どこかで冷静でいる自分とは別に、噴火した火山のように怒りを爆発させる自分がもう一人いるような感じでした。

なぜそんな風になってしまったのか。

原因は何だったんでしょうか。

最近はだいぶマシになってきてヒステリーになることもなくなってきたので、少し自分を見つめなおして、ヒステリーになるまでの経緯を振り返ってみたいと思います。

 

「ヒステリー」とは?

調べてみると、こんな状態を指すようです。

  1. 精神病質の一種。満たされない欲求の反応として、種々の精神的・肉体的症状を起こす。症状が大袈裟で演技的色彩を持つ。
  2. 俗に、病的に興奮して感情を統制できず、激しく泣いたり怒ったりする状態

もとはギリシャ語で「子宮」を意味する言葉が語源になっていて、古代には婦人病と結びつけられていたそうです。
確かにヒステリーって女性に多いイメージですよね。
男性のヒステリーってみたことありますか?わたしはないんですが。

一般的にヒステリーとして認識されている、感情の抑制が効かずに爆発的に起こったり暴れたりする様子は精神医学用語としてのヒステリーではないそうですが、
今ではこういった状態の方がヒステリーとして広く認識されているそうです。

ちなみに、わたしの状態に一番近いのは「病的に興奮して感情を統制できず、激しく泣いたり怒ったりする状態」です。

まさしく、わたしがヒステリーに陥った時に起きているのは「病的興奮」そのものだと思います。

自分ではコントロール出来ない激しい怒りが沸き上がって来て一気に爆発し、暴走してしまうんです。

 

原因は母親との関係

自分にこういう一面があることに気づいたのは小学校の高学年になってからでした。

こういう一面があるというか、自分のこういう状態が異常だということに気づいたのがその頃です。

多分、小学校5年生くらいの時かな。

それから20年近くもヒステリーと付き合っていることになります。

そもそもの原因は恐らく母親との関係です。

わたしは母のことが嫌いではないですが好きでもありませんでした。
今でもそうです。

こういう言い方は悪いかと思いますが、血がつながっているというだけの人です。

母は、わたしや妹が何か自分の意に沿わないことをしたり、思い通りにならないことがあると、わたしたちが母の言うことを受け入れて、母がどうして欲しいかを汲み取って、その通りにするまで永遠と説教するような人でした。

一応、「お母さんの考えてること、何か間違ってるかな?あなたはどう思うの?」とこちらの意見を聞く姿勢は示すものの、それでこっちが何かを言ってもいかにその考えが間違っているかを説明して決してわたしたちの意見を受け入れない人でした。

だからその内「この人には何を言っても無駄」だと思うようになり、自分の意見は言わなくなりました。

とりあえず、母の言う通りにしていれば母は機嫌がいい。叱られることも、無駄な説教を聞くこともない。

自分の思うことを母に伝えて受け入れてもらった覚えなんてないし、いつも一方的に叱られて頭ごなしに否定された覚えしかありません。

幼稚園くらいの頃からそうだったので、わたしは自分の思ったことや意見を口に出すことが出来ない子どもになっていました。

そして小学校4年生の頃、決定的な事件が起こるのです。

本当のことを言っても信じてもらえなかった

小学校4年生の時、2歳下の妹のお小遣いがなくなるという事件が起きました。

その時、なぜかわかりませんが、母はわたしが犯人だと決めつけていたのです。

もちろん、妹のお小遣いなんて盗んでいません。

わたしはもともと物欲がないし、1ヶ月に1度、新しい本が買えばそれで満足だったのでお小遣いはいつも余っていたし、むしろ妹の方が金遣いが荒いくだいで、母に前借でお小遣いをもらっていることもあるくらいでした。

なのになぜ母がわたしを犯人と思ったかはわかりませんが、学校から帰ったら呼び出されて、

「お前がやったんだろう」

「ウソついたって無駄」

「母親なんだから本当のことを言ってるかくらいわかる」

などと言われながら5時間以上も尋問されました。

わたしはもちろんやっていないので「やっていない」「わたしじゃない」と訴えましたが、わたしの意見なんて聞かない母は、わたしがやったと認めるまで許しませんでした。

「ああ、この人は本当に何を言っても無駄なんだ」

そう思いました。

小さい頃から自分の意見を受け入れてもらえなかったこと、そのせいで自分の思うことを口に出せなかったこと、そしてこの冤罪事件がわたしのヒステリーの原因だと思います。

思い通りにならないとヒステリーを起こした

わたしが本格的にヒステリーを起こすようになったのは、小学4年生の冤罪事件の後からでした。

好きではなかったけれど、一応は「母親」という存在に本当のことを言っても信じてもらえず犯人扱いされたことで、子どもながらにすごくショックだったし、精神的に落ち込みました。

以来、それまで以上に自分の意見は口にしなくなったんですが、この頃から、自分の思い通りにならないことがあった時や、意に沿わないことをやらなければならない時に、ヒステリーを起こすようになりました。

ヒステリーを起こした時に何をしたかというと、まず物に当たります。

奇声を発しながら手近にある物を何でも投げつけたり、壁を殴って穴を開けたこともあったし、パソコンを殴って液晶をバキバキにしたこともありました。
傘なんて何本折ったかわかりませんし、お気に入りだった湯飲みや茶碗も全部テーブルにたたきつけて割りました。

リストカットなど自傷行為に走る人もいるようですが、わたしは小さい頃から人一倍痛いことが嫌いで、自分の血を見るのも苦手だったので、自分自身を傷つけるようなことはあrませんでした。

小学5年生くらいの時に、図書館で読んだ小説にまさしく自分と同じような状態の登場人物が出て来て、その人物が「ヒステリー」と言われていたことから、自分の状態はヒステリーと呼ばれるもので、異常なことなんだと気づきました。
でも、わかったからといってやめられるものでもなく、たびたびヒステリーを起こしていました。

また、母に説教されたり言う通りにしなさいと言われた後はひどかったです。

おかげでわたしは「物をよく壊す大事に使わない子」と言われました。

そんな中で唯一救いだったのは、ヒステリーを起こす時は必ず一人でいる時だったので、周りの人に被害が出なかったことです。

 

一時的におさまったけれど就職先がブラックで…

中学校に上がってもヒステリーは続き、高校時代もたびたびヒステリーになっていました。

中学の時は高校進学が迫って来ると、母がうるさく口出ししてくるようになり、ヒステリーが一番ひどい時だったように思います。

小学5年生くらいからいじめを受けていたのも拍車をかけたのでしょう。

高校はクラスメイトがわたし以外、同じ中学出身の子がだれもいなかったので、一から友人関係を築けたこと、自分のレベルに合った学校を選んだので勉強が楽しくなったこともあり、ヒステリーがマシになってきました。

高校を卒業した後は家を出て、東京にある犬の専門学校に通いながら一人暮らしするようになりました。
母のもとから離れたことが功を奏したのか、大好きな犬のことを毎日考えながら勉強出来る環境もよかったのでしょう、この頃はほとんどヒステリーを起こさなくなりました。

しかし、専門学校を卒業し、動物病院にに看護士兼トレーナーとして就職したことで、状況はまた悪化します。

その動物病院が、いわゆるブラックだったのです。

院長と副院長が夫婦で経営してる、市内にいくつか分院があるけっこう大きな動物病院だったのですが、その院長夫妻がとんでもないクソ野郎どもでした。

看護士や他の獣医師に対する暴言・パワハラ当たり前、休日出勤を強要しながら給料は一切払わない、毎日6時間以上の残業をさせながら残業代なんて一銭ももらっていません。

院長夫妻が来るだけでスタッフの間にピリッと緊張が走ります。

わたしは看護士としてよりもトレーナーとしての仕事の方が大きく、トレーナーである副院長(妻の方)と一緒にいることが多かったのですが、この副院長もまたヒステリー持ちな上、気分によって言うことを変えるし何が地雷ワードなのかわからないしで、ご機嫌取りに必死な日々が続きました。

わたしは、自分の意見が聞き入れられない時や、やりたくないことをやらなければならない時にヒステリーを起こしていました。

こんな仕事をする毎日を送っていたら、一時的にマシになっていたヒステリーがまた悪化してしまったのです。

そして最悪なことに、この時わたしは、学生時代の恩師に頼まれた子犬を引き取っていたのですが、その子犬にヒステリーの矛先を向けてしまったのです。

 

爆発した後の鬱状態

ヒステリーを起こすと、必ずその後にとんでもない後悔と自責の念が押し寄せてきて、うつ状態になります。

自分は何てダメな奴なんだろう…最低だ…と。

激しく怒り狂ったら、その後はとめどなく泣くという、我ながら面倒くさいやつだと思いました。

犬に対してヒステリーを起こし、誰かに聞かれたら通報されるレベルの怒号と暴言を浴びせて、いつものように鬱状態になっていたら、ふと、

「あれ、これ今すぐやめなきゃヤバイやつだ」

と思いました。

思ったというか、やっと気づけたというか、自覚出来たといった感じでしょうか。

とにかく、今すぐ仕事をやめてヒステリーもやめなきゃダメだと思いました。

小さい頃から犬好きで、念願かなって飼うことが出来た犬に対して手を上げてしまったのがすごくショックだったんです。

仕事はそのままバックれました。
何か、バンバン電話かかってきて、家にも誰か来たみたいだけど、知らない。

余談だけどその動物病院は院長夫妻のパワハラに耐えかねてやめてったスタッフも多くて、そのやめてった人たちが「被害者の会」なるものを立ち上げて一時期ホームページも作られてました。
今はもう削除されて見ることが出来ませんが。残念。

 

母との関係を清算

わたしは今、実家で暮らしています。

また、母と一緒に暮らしています。

暮らし始めた当初こそ、母の発言一つ一つにイライラして、何か言われるたびにヒステリー起こしてました。

でも、今は同じ屋根の下でも、適度な距離を保って暮らせています。

恐らく、自分の中で母との関係が清算出来たからだと思います。

初めて、この20数年たまってた「自分の言いたいこと」を面と向かって母に言うことが出来たんです。

その話は次回に書きますが、もっと早くこうしていればヒステリーで苦しむ時間を減らすことが出来たのかなと思います。

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